マリーの部屋

人々の幸せを願うマリーが、投資、資産運用、キャリア、受験、子育て、金融について語ります。金融機関勤務25年超。東京大学経済学部卒。

スナック まりー クビ!

いらっしゃーい。
こんばんは。


しばらくぶりじゃない?
相変わらず暗い顔しちゃって。
どうしたっていうのよ。


・・・・そう・・・・
会社が早期退職をつのっているのね。
40歳以上が対象なんだ。


面接とか設定されてる?
されてないんだ。
されていないなら、あなたは真の対象じゃないわよ。
自分の人生や、割増退職金のことを、よくよく考えて。


退職勧奨の面接がはいっている同期の心配をしている場合じゃないのよ。


あなたがご自分の人生を考える、いい、きっかけじゃない。


あたし?あたしはクビになったことがあるわ。
あれは、金融危機真っただ中の、2008年の11月。


あたしは、サブプライムという商品を扱っていたの。


サブプライム、を扱っている人は、山のようにいたわ。
その中で、高給取り、の方々がクビになったのが、当時つとめていた会社では2008年2月のこと。


その後、現場の安い給料の人たちまでクビになったのが、2008年9月15日にリーマンブラザーズが破綻してからの、数か月の間だったかなあ。


すごい光景だったわよ・・・・。
2008年の秋には、当時勤めていた会社の株価も1ドルとかにまで下がって、つぎはどの金融機関がつぶれるのだろうと、みんながうわさしていたわ。


リーマンの株価はゼロになったわ。


リーマン・ブラザーズの他に、フランスのBNPバリバが巨額損失を計上したり、ベアスターンズが破綻しそうになってJPモルガンに買われたり、住宅ローン会社のカントリーワイドがつぶれたり。
保険会社のAIGもあぶなかったわ。


その中で、リーマン・ブラザーズが、短期の資金調達ができなくて、米国破産法のChapter11を申請した(2008年9月15日)。
株価はゼロに。


世界が、がらっと反転した瞬間だったわ。


ちょうど日本は敬老の日の祝日でね・・・
あたしはママ友たちと、ママ友のおうちでランチしていたところ、ニュース速報がはいって。
私の携帯電話は、祝日にもかかわらず鳴りはじめた。
ママ友もびっくり。


私はサブプライム、という金融危機の原因みたいな商品を扱っていたから、本当に大変だった。


1日にして、信用格付けが10ノッチ下がったり、お客様に販売した債券の値段が50円(元本は100円)さがったり。


お客様もおお騒ぎよ。
私は営業と一緒に商品の説明をして、それを販売していたら、一気に攻撃対象になって。


毎日朝から晩までお電話がなりやまなかったわ・・・。
電話線がパンクする、っていうのを、はじめて体験したの・・・。


お給料の高い、上司たちは、とっくの昔にクビになっているから、相談する相手もあまりいないの。


まじで、「病む」ってはじめて思ったし、あの時の私は急に体重も落ちて、実際病んでいたと思う。


お客様も狂ったようになって、30分に一回お電話してくる、大手銀行のご担当者もいらっしゃったわ・・・・。


でね、お客様に販売したサブプライム関連債券の価格が、毎日ナンパ―セントも下がっていって、そのうち理論価格でマイナスになったの。


でも、債券だから、有価証券の法律上、マイナスの価格が認められなくて・・・
便宜上ゼロ、としてお客様に時価を送ったわ。


そうしたらお客様が、ゼロだと存在しないことになってしまうので、「備忘価格」として何とかプラス表示にしてくれって。


ええ、それまでに価格が下がりすぎてお客様の決算(損益計算書)にもご迷惑かけているし、ひどい状態よ。


理論価格がマイナスだから、お客さまが困っていても、会社はゼロでも買い取ることはできない。買った瞬間にマイナス分を損失として認識しなければならないってことになるからね。


つまり、お客様のバランスシートからは、その債券を消し去ることができないのよ。


だから「備忘価格」が必要。


あたし、泣きながら、システム上「マイナス」で出てくる債券価格を「0.1」に書き換える仕事をしていたわ(元本は100・・・つまり、買ったときと比べるとマイナス99.9%)。


2008年にはいってからは、本当につらいことばかりでした。


2008年2月に、上司たちがクビになってからは、一人でその作業をして・・・
むなしさと、罪悪感と、恐怖感におしつぶされそうでした。


だからね、2008年11月に、自分がクビ、になったとき、なんだかほっとしたの。
お客さまも大変だけど、私も大変、になったから。


私もかわいそうな人になれたから。


大リストラがあるかもなあ、っていうのは、ちょっと前からわかるのよ。
なぜなら、会社中の会議室が「予約」されてしまうから。


そして、オフィスのフロアの反対側の窓際をスタートとして、人が消え始めた。
数日間かけて、消えていくの。


だんだん、空席ができて、こっちに迫ってきて、あたしの席から空席が5メートルくらいになって。


そのときデスクの電話が鳴ったの。
「まりーさん、3番会議室にきてください。」


行ったところ、上司の上司くらいの外人と、人事部の担当者がいた。


外人が言ったわ。
「まりーさん、君は何も悪くない。
でも君の部署はなくなるんだ。」


それから人事部の説明がはじまった。
「ご自身で退職届を出せば、割増退職金が〇〇〇〇万円支払われます。退職届けを出さない場合、2009年3月まではふつうに雇用が維持されて、お給料も社会保険料も支払われます。」


「ただ、部署はなくなっているので、出勤停止です。カードキーは返してくれますか?」


「2009年3月より前に退職届をご自身で出された場合、2009年3月までのお給料が、退職金に上乗せされます。」


「なお、職安の規定はこのようになっています。」


こんな感じだったかしら。


で、人事部の方に聞かれたの。


「私物をデスクにとりにいかなきゃいけないですよね。
私がとりにいって、まりーさんにお渡しするのと、


まりーさんが私と一緒にデスクにとりにくのと、どちらがいいですか?」
と。


情報漏洩の可能性があるから、とかで、私だけが単独でデスクに戻るのは禁止されていました。


確かに、おさいふも鍵もカバンも、それからコートも、デスクに置いてあります。とりにいかなきゃ。


あたしは、きめました。
デスクに戻ったら、みじめかな~なんて思いながら
「あなたと一緒に、デスクに戻ります。」と。


人事部の方と一緒にデスクに戻ったところ、後輩の女の子たちが大泣きしていて。


私、彼女たちと仕事をしてよかったなあ、と心から思っているの。
人の縁って、かけがえがないわね。


ちょっとみじめだったけど、バイバイして、会社を去りました。


後日、その他の私物が段ボール箱で自宅に送られてきたんだけど、その子たちがチョコレートの箱を同封してくれていた。


泣きながら食べたわ。


当然ですけど、その後二度とその会社には足を踏み入れていません。
でも、そのときの同僚とは今でもとっても仲良しで、ゴルフにいったり飲みにいったりするのよ。


私いまから思うと、クビになってよかったと思うんです。


君が今もっているノウハウは、今後役に立たない。


それを早い段階でいってもらって。


そうじゃなきゃ、なんとなく、価格がゼロになった債券をお守りしながら、年をとっていってしまったと思うわ。
そうしたら、私の職業人生、いまより意味がなかったと思うし、


なにより、ずっとみじめじゃない。


雇用が安定しているからっていって、窓際で、全く期待されずに、「ごく潰し」と言われる。
それって、リストラより、はるかに「みじめ」なんじゃないかなあ、って思うの。


だからね、あなたも、今はリストラ対象でなくても、今回のことはいい機会になると思うわ。


自分は残りの職業人生、このままでいいのか。


そう考えるきっかけになるから。


よく考えて。自分のこととして。


人生は100年。
かけがえのない人生を後悔しないように生きてね。


いつでもお話きくわよ。
待ってるわ。


おやすみなさい。

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